こんにちは、こもりです。
今回は、「ミニマリズムには世間へのアンチテーゼのニュアンスがある」というのがテーマでございます。
ミニマリストとは、『普通』へのアンチテーゼである
私は、ミニマリズムはただの生活術・片付け術にとどまらず、「世へのアンチテーゼ」という側面があるのではないかと思っています。
どこかで不器用さや生きづらさを抱えていて普通の世界ではちょっと息苦しさのある人、もしくは世の中への疑問がある人が、それを解決するための手段としてミニマリストという道を選んでいるのではないか。
世の普通へのアンチテーゼ。
「普通」への挑戦。
みんなが当たり前だと思っているもの、それって必要なの?
ミニマリストは、そんな自分なりの意思の表れ、表現という側面があるのではないかと思っています。
『普通』という名のしがらみ
世の中には、『普通』という概念があります。
私たちも無意識で、
「普通こうするよね?」
「普通はどうするの?」
などの言葉を発していることがあります。
ちょっと、「普通」じゃない面を自分の中に持っていると自覚している人は、その言葉にとても敏感です。
家族を持つ生き方が合わない人。
仕事がどうしても辛い人。
頭がいつもごちゃごちゃして辛い人。
なにをやっても不器用。
忙しすぎてしんどい人。
なぜだか今の現状が辛い人。
世にはいろんな辛さや、どこか普通とは違うんじゃないかという気持ちを抱える部分がある人がいます。
例にあげきるのも大変なほど、世にはたくさんの「普通」と「普通じゃない」が蔓延っている。
でも、その「普通」というのは、一般論としての、ただの理想論なのではないかと思うんです。
ちゃんと学校に通えて、
友達がたくさんできて、
大学や専門学校に行けて、
自分に合った仕事が見つけられて
適齢期でちゃんとした会社に就職して、
適齢期で結婚して、
適齢期で子どもを二人以上産み、
車を持ち、家を買い、
おしゃれな部屋に住み
おしゃれな服を着て
家族と旅行に行き、
犬も一頭飼い、
貯金も十分にできて、老後の心配もない。
あげればキリがないんですが、普通とされるもの、理想とされるものの全てを手に入れるのは、容易なことではありません。
少なくとも、私にはこれら全部を達成するのは無理です。
そもそも「普通」と言うの名の理想が、正しいのか自体わからないです。
けれどその社会のレールを脱線しまいと、それを追い続けると、とてもつらくなることがあります。
ミニマリズムは、その抜け穴のようなもの
ちょっと普通の人が持っているものを一つ辞めてみたら、案外平気だし、すごく生きやすくなるということがあったりします。
たとえば、周りがもっている車をもつことを辞めたら、年間何十万も余剰金が生まれる、など。
そして、普通の人が正解だと思っている道が、案外絶対的なものではないことを知る。
そして、どんどんとミニマリズムの魅力に気が付いていく。
「自分らしくいてもいい」
多くのミニマリストの方がsnsでこう発信し勇気づけてくれています。そしてその方法を教えてくれています。
自分の価値観は、自分で決める
ミニマリストの生き方を選ぶということは、
世の理想とは違うけれど、
普通ではない自分だけど、
「幸せのために自分らしくある」と決めたということ。
そして、
世の人の常識、それ本当は正しいか分からないよと、心に一物持つことで、
「自分の価値観は自分で決める」という強さが心に宿る。
ミニマリストは、生きづらい人の味方
別に生きづらくない人は、ミニマリストなんてやる必要ないんですよ。
普通になんにも工夫しなくても、普通にお金がたくさん稼げて、普通にたくさんがお金を貯められて、周りの人みんなと上手くやれて、普通って信じているもの全て手に入れられて、家はいつも片付いていて、なんの疑問も持たず、なんの不満もなく楽しく幸せに暮らしている人は、ミニマリストにならなくていいんですよ。
あとは、多様な意見や人間を知りたいという心の広い人や、地球環境保護に興味がある人が、ちょっとSNSとかで見て知ってくれればいいのではないかと思うんです。
まとめ
今回は、「ミニマリストは、世へのアンチテーゼ?」という視点で、書いてみました。
ミニマリストにもいろんな哲学があります。これはそのうちの一つに過ぎませんが、何か参考になることがあれば、嬉しいです。
最後までお読み下さり、本当にありがとうございました。読んでくださった方に幸あることを、心から願っています。
お互い、自分らしい幸せを見つけられるといいですね。
